諸法実相南無妙法蓮華経
- kisuke1965
- 2024年9月6日
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2002年9月12日 初代講頭座談会より
あるいは、私達自体の生活そのものが南無妙法蓮華経。実相と相違背せず。変わりっこない。こういうふうに仰る。ですから御信心をしとる者は仕事にしっかりと精を出してください、ということを言ってるわけなんだ。ところがねえ、早とちりがうんとおりましてねえ。そしたらねえ、拝むことは(しなくて)ええじゃないかと。仕事一生懸命でしとったらねえ、結局信心やってると同(おんな)しやないかと早とちりする人がおる。南無妙法蓮華経と題目をあげたって、どうやって自分自体の一念心というもの、きちっとしたものにできますかね。ですから寛尊が題目の云々というものが所詮は自分を決するんです。これ昨日もあったことなんでね、なんですけども。南無妙法蓮華経と題目をあげてるんだから物事がよくいくとね。こういうふうに皆考える。当然のことでしょ。ところが不真面目な考え方を持っとってね。仕事もろくすっぽせんとってね。打つべき手も打たんとってね。南無妙法蓮華経と題目をあげておりますから、(うまく)いくと思います。というふうなことを言うてきた人がおる。だから私、ずきとばした。その人には。御信心がわかってんのか、聞いてみた。まったくずっこけたようなことを言ってるなあちうて。そんなものじゃないんですね。ここに両輪のごとくということ大聖人様が仰っているし。また私達自体が本当に題目があがってきたらね。あがってきたらいうたらおかしいですけども。命に染んできましたらね。言い切ることができる。思い切ることができる。ね。すなわち一点に心を定めることができる知恵いうことです。だからね、一点に心を定めることができなかったらね、どうやって知恵を湧かしますろ。知恵というものは自分自体がひとつのものに、ね、これはこうするんだという思いがあってから知恵って湧くんであって。ひとつのものごとをやっていく。これしようか、あれしようか。こうやろうか、あれやろうか迷うている人に知恵なんか湧くはずがない。なんの仕事でもそう。ほんならこれをやり抜こうと思うたときに、どうやったらいいかな。いろんな知恵が湧いてくる。けども、これいかんからあっちにしようか。あれいかんかったらこっちにしようか。いや前のほうが良かった、なんてうろうろうろうろしてる人がおる。そんなもんね知恵湧いてくるはずない。これはね、戒定慧の三学ということがおわかりになってきたら今言ってることがわかります。だからわたしたちの御信心というのはね。ただね拝んどったらええ、ちうもんじゃないけども。題目をあげなかったらならば何にもなりませんよということ今話しをしてる。だから朝晩の勤行がうんと大事な。でこの朝晩の勤行がずっこけてしもうて極道おこしておるとろくなことないよ。これ本当の話だけどね。オカルトじゃないんでこれ。題目あがることによって自分自体の一念心定めるちうかね。だから題目のあげかたによって違うよ。こういうこともね、いろいろとありますんで、どうかひとつね今日も遠慮のないとこ。時間も限られてますきね。話していきましょうや。
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